世界の有名な地下都市大全

人々はなぜ地下にまるごと都市を作ったのでしょうか。世界各国の地下都市の物語を見てみましょう。

デリンクユ地下都市(トルコ)

カッパドキア地域の柔らかい凝灰岩地帯を掘って作られた古代の地下都市で、地下の複数の階層にわたり数千人が長期間とどまることができたと推定されています。換気口、井戸、厩舎、貯蔵庫、礼拝スペースまで備えており、近隣のカイマクル地下都市と長いトンネルでつながっていたとされています。外敵の侵入や戦乱を避けて長期間身を隠すことを目的に作られ拡張されたというのが通説です。

クーバーペディ(オーストラリア)

オパール採掘で有名なオーストラリアの砂漠の町で、日中の気温が非常に高いため、多くの住民が地下を掘って作った「ダグアウト」住宅で生活していることでよく知られています。地下には住宅だけでなく教会、ホテル、商店まであり、町の機能のかなりの部分が地下で営まれています。厳しい暑さを避けながら、採掘の過程で掘った空間をそのまま活用できるという実用的な理由から、こうした暮らし方が定着しました。

モントリオール地下都市(カナダ)

RÉSO(レゾ)とも呼ばれるモントリオールの地下歩行者ネットワークは、地下鉄駅、ショッピングモール、オフィス、大学の建物などを屋内通路でつないだ、世界最大級の地下都市空間です。カナダの厳しい冬の中でもコートなしで市内各所を移動できるよう数十年かけて拡張されてきたのが特徴で、今も新しい区間が接続され続けています。

トロントPATH(カナダ)

トロントの地下鉄駅とオフィスビル、商店街をつないだ大規模な地下歩行者ネットワークで、世界有数の規模を誇る地下ショッピング・歩行空間として紹介されることがよくあります。正確な総延長や店舗数は資料によって多少差がありますが、およそ数十キロメートルに及ぶ通路が都心の地下を網の目のように結んでいるという点は複数の資料で共通して確認できます。モントリオール地下都市と並んで北米を代表する地下歩行者ネットワークとされています。

北京地下城(ディシアチェン)(中国)

冷戦時代に大規模な空襲に備える目的で作られた防空壕的な性格の地下トンネル網で、かつて一部区間が観光用に公開されたこともありました。実際の使用目的で作られましたが幸い全面的な戦時使用には至らず、その後は時代に応じて倉庫や宿泊施設など別の用途に活用されることもありました。ただし公開区間や運営状況は時期によって変わる可能性があるため、訪問を計画するなら最新情報を別途確認するのがよいでしょう。

なぜ地下都市を作ったのか

戦争や侵入を避けるための隠れ場所、過酷な気候を避けるための住まい、厳しい天候の中でも都心を移動するための歩行者ネットワークまで、地下都市が作られた理由は地域によってさまざまです。共通しているのは、地上の環境が住みにくかったり危険だったりするとき、人々が地下空間を積極的に代替手段として活用してきたという点です。今日でも極端な気候や都市空間の不足といった問題を解決するための地下空間開発の議論が、世界各地の都市で続いています。

理由はまったく異なる地下都市たち

この6つの事例は、侵入からの避難、酷暑からの逃避、天候を問わない都市移動、冷戦時代の民間防衛と、動機はまったく異なりますが、地上での暮らしが困難になったとき、足元の地面を生活空間に変えるという発想は共通しています。目的のこうした多様さこそが、地下都市を人間の適応力を示す興味深い事例にしています。

よくある質問

これらの地下都市には今も人が住んでいるのですか?

場所によって異なります。クーバーペディのように今も実際の住民が地下住宅で暮らしている場所がある一方、デリンクユのように遺跡として観光地に活用されているだけの場所もあります。モントリオール地下都市やトロントPATHは居住目的ではなく、移動と商業活動のための地下歩行空間です。

一般の観光客も訪れることができますか?

ほとんどは正式な観光コースとして公開されていますが、北京地下城のように公開の有無や運営時期が変わる場所もあります。訪問を計画するなら、出発前に最新の公開情報を確認するのが安全です。