「ら抜き言葉」とは何か 基本ガイド

「見れる」「食べれる」のような言い方は「ら抜き言葉」と呼ばれ、日常会話でよく使われる一方、文法的には注意が必要とされる表現です。

ら抜き言葉とは

本来「見られる」「食べられる」のように「られる」を付けて作る可能形から、「ら」が抜け落ちて「見れる」「食べれる」のようになった言い方のことです。

起こりやすい動詞のグループ

ら抜き言葉は、「見る」「食べる」「起きる」のような一段活用の動詞で起こりやすいとされています。「読む」「書く」のような五段活用の動詞では、もともと「られる」の形にならないため、ら抜き言葉自体が起こりません。

可能と受身・尊敬の区別がしやすくなる面もある

「食べられる」は可能(食べることができる)・受身(誰かに食べられてしまう)・尊敬の3つの意味を持ちますが、「食べれる」とすることで可能の意味だけをはっきり区別できるという利点を指摘する見方もあります。

公的な文書や試験では避けるのが無難

日常会話では広く使われていますが、学校教育や公的な文書、正式な場面のスピーチなどでは、規範的な形である「られる」を使う方が無難とされています。

言葉の変化の一例として研究されている

国語に関する世論調査などでも継続的に取り上げられているテーマで、話し言葉から徐々に広がった表現が、どのように規範的な言葉づかいと共存していくかを示す一例として言語学的にも関心を持たれています。

なぜ「乱れ」と言われることがあるのか

学校文法で教えられる標準的な活用のルールから外れた話し言葉的な変化であるため、伝統的な規範を重視する立場からは「乱れ」として指摘されることがあります。一方で、言葉が時代とともに変化すること自体は自然な現象だとする見方もあります。

実際にはどの程度使われているのか

国が実施する国語に関する世論調査では、「ら抜き言葉」を使うと回答する人の割合が世代や表現によって異なる結果が繰り返し報告されており、話し言葉の中では一定程度定着している一方、書き言葉や改まった場面では規範的な形が好まれる傾向が続いています。

よくある質問

ら抜き言葉を使うと間違いだと思われますか?

日常会話では広く使われており、必ずしも強く否定されるわけではありませんが、面接や公的な文書など改まった場面では規範的な「られる」の形を使う方が無難とされています。

すべての動詞で「ら抜き」が起こりますか?

いいえ。「見る」「食べる」のような一段活用の動詞で主に起こる現象で、「読む」「書く」のような五段活用の動詞にはもともと当てはまりません。