よくある論理的誤謬を例で分かりやすく解説

論理的誤謬とは、弱い主張をもっともらしく聞こえさせてしまう、推論のパターンの誤りのことです。特によく遭遇するものを紹介します。

ストローマン論法(わら人形論法)

相手の主張を、実際に言ったことよりも弱く極端なものにねじ曲げて伝え、その攻撃しやすくなった「わら人形」の方を叩くことで、相手の本当の立場には反論しないという手法です。例:「自転車専用道路を増やすべき?それって車を全面禁止しろってこと?」

人身攻撃(アド・ホミネム)

主張そのものではなく、その主張をしている人自身を攻撃し、あたかも話し手の欠点が主張の誤りを自動的に証明するかのように扱う手法です。例:「予算についての彼女の意見なんて聞く必要ある?会社経営の経験すらないのに」

誤った二分法(白黒思考)

実際にはもっと多くの選択肢があるにもかかわらず、たった2つの選択肢しかないかのように提示する手法です。例:「このプログラムを全廃するか、予算全体が破綻するかのどちらかだ」——一部削減のような中間的な選択肢を無視しています。

バンドワゴン効果(人気への訴え)

多くの人がそう信じている、あるいはそうしているというだけの理由で、それが真実・正しい・良いことだと主張する手法で、実際にそれが正しいかどうかは何も証明していません。例:「何百万人もの人がこのサプリを使っているのだから、効果があるに違いない」

滑りやすい坂論法

比較的小さな最初の一歩が、次第にどんどん極端な結果へと連鎖的につながっていくと主張する手法で、その各段階が実際に前の段階から必然的に生じるという確かな根拠がないまま用いられます。例:「この一つの例外を認めれば、いずれルールが一つも残らなくなる」

権威への訴え

ある主張を、それを言ったのが権威者だからという理由だけで真実として扱う手法で、特にその人物が実は関連分野の専門家ではない場合や、本物の専門家の間でも意見が割れている場合に問題になります。例:「有名な俳優がこのダイエット法は効果があると言っているから、きっと本当だ」

なぜ論理的誤謬は賢く注意深い人にも効いてしまうのか

論理的誤謬が説得力を持ってしまうのは、聞き手が不注意だったり知性に欠けていたりするからではなく、自信ありげに話す権威を信頼する、曖昧さを嫌う、社会的な合意に従うといった、ごく普通の思考の近道を利用しているからです。誤謬に気づくには、意識的に立ち止まって、その推論が本当に結論を裏付けているかを問い直す必要があり、テンポの速い会話の中ではほとんどの人がそれをデフォルトでは行いません。

議論マニアにならずに論理的誤謬を指摘するには

雑談の中で「それはストローマン論法だよ」と指摘すると、建設的というより見下しているように受け取られがちです。単純に誤謬名を挙げてそこで終わらせるよりも、相手の本当の主張を自分の言葉で言い換えて確認したり、誤った二分法であれば具体的に抜け落ちている選択肢を名指ししたりする方が、より有効なことが多いです。

よくある質問

誰かが論理的誤謬を使っていたら、その人の結論は自動的に間違いということですか?

必ずしもそうではありません。誤謬があるということは、その主張が述べられた形のままでは結論を実際には証明できていないという意味であって、結論自体は別のもっと良い理由によってたまたま真実である可能性もあります。誤謬は推論の欠陥であって、前提となる主張そのものが誤りであると自動的に証明するものではありません。

妥当な議論の中に論理的誤謬が含まれることもありますか?

結論を導くために本当に誤謬に依存している議論は、その結論がたまたま真実であったとしても、厳密な意味では論理的に妥当とは言えません。ある推論そのものが成り立っているかどうかと、最終的な結論がたまたま正しいかどうかは別の問題であり、切り分けて考える価値があります。