大航海時代概要

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  1. 香辛料貿易路開拓という動機

    胡椒、シナモンのような香辛料はヨーロッパで非常に高値で取引されていましたが、オスマン帝国が既存の陸上貿易路を掌握したことで、ヨーロッパ諸国はアジアへ向かう新たな海路を探す動機を持つようになりました。ポルトガルとスペインは羅針盤やアストロラーベといった航海技術の発展に助けられ、大西洋とインド洋の航路開拓の先頭に立ちました。

  2. コロンブスのアメリカ航海(1492年)

    ジェノヴァ出身の探検家クリストファー・コロンブスは、スペイン王室の後援を受けて1492年に西回り航路でインドを目指しましたが、その年の10月にカリブ海の島に到着し、ヨーロッパ人として初めてアメリカ大陸に足を踏み入れました。コロンブスは死ぬまで自分が到着した場所をアジアの一部だと信じていました。

  3. バスコ・ダ・ガマのインド航路開拓

    ポルトガルのバスコ・ダ・ガマは1497年にリスボンを出発し、アフリカ南端の喜望峰を回って1498年にインドのカリカットに到着し、ヨーロッパからインドへ至る初めての海路を開きました。この航路開拓によりポルトガルは香辛料貿易で大きな利益を得ることになりました。

  4. マゼランの世界一周

    ポルトガル出身の航海者フェルディナンド・マゼランは、スペインの後援を受けて1519年に艦隊を率いて出航しました。マゼラン自身はフィリピンで死亡しましたが、残った船員たちが航海を続け、1522年に人類初の世界一周を成し遂げました。この航海は地球が丸いという事実を実際に証明した出来事として評価されています。

  5. 新航路開拓がヨーロッパとアメリカ・アジアに与えた影響

    新航路開拓以降、ヨーロッパとアメリカ、アフリカ、アジアの間では作物、家畜、人、病原体が行き交う、いわゆる「コロンブス交換」が起こり、ジャガイモ、トウモロコシ、トマトがヨーロッパに伝わり、馬と小麦がアメリカに伝わりました。しかし同時に、ヨーロッパ人が持ち込んだ天然痘などの伝染病によってアメリカ先住民の人口が急減し、その後アメリカ大陸にはヨーロッパの植民地が拡大していきました。

海路が世界地図を塗り替えた

15世紀後半から17世紀まで続いた大航海時代は、ポルトガルとスペインを中心にヨーロッパ諸国が新たな海路を開拓し、アメリカ、アフリカ、アジアを一つにつなげた時期でした。この時期の探検はその後、世界の経済と政治の勢力図を大きく塗り替えることになりました。

探検を可能にしたルネサンスの知識

大航海時代の航海術と地理知識は、ルネサンス時代概要で発展した学問的成果とつながっています。二つの時代がどのように互いに影響を与え合ったのか、一緒に見ていくとよいでしょう。

よくある質問

コロンブスが最初に到着した場所は正確にはどこですか?

1492年10月、コロンブスは現在のバハマ諸島と推定されるカリブ海の島に初めて到着しました。

大航海時代は先住民にどんな影響を与えましたか?

ヨーロッパ人が持ち込んだ天然痘などの伝染病と植民地支配によって、アメリカ先住民の人口が大きく減少するなど、大きな被害を受けたという点も併せて知っておく必要があります。